2017年1月5日木曜日

Eternal farewell

親しい親しい友が
あっという間に現世を去った。
病気が判明し、入院してたった二ヶ月の闘病生活。
でも、覆水は溜まるし 肺にも水が溜まり始めて
とても苦しい日々だった。

彼女と私 
勿論 生育境遇は全く違うけど
何となく考え方が似ていて
物事の捉え方も処置の仕方も似ている友だった。

悩みを抱えて彼女と話す時
話しながら自己解決したり
黙って聞いてくれている彼女の その存在自体に慰められたり
そして、また 明日への活力が生まれる
そういう、本当に多くを 有形無形の多くを貰った友だった。

言いたい事を言い合い、忠告したり し合ったり
笑い合ったり牽制し合ったり
なんて 心地よい 自分を活かしてくれる空間を作ってくれた友だったか。

最後の最後まで祈り続けた。
けど、私の、無能力の私の願いや祈りなんて 神様には届きゃしなかった。
アメリカに在住する友ならきっと言うだろう
「その人が耐えられるからこそ 神はそのような試練を与えるのだ」と。

「 Eternal farewell 」と件名には書いたけど・・・
昨年 虹の橋を渡っていった小さな愛犬と 戯れている彼女と
いつか 再会したい。
そこには ブルも マメも チャタも
小さくて去って行ったミーちゃんもいるはずだから。
そのために 
これから 私の生が終えるまで
自分の理想の人間像に向かって 邁進する。

2016年10月30日日曜日

長いお別れ

なんて 洒落てる場合ではないのだが・・・( ;∀;)  (´Α`)

友達へのコメントが ちと できなくなってるのは なぜ?という状態。

そして 自分は
夏頃から 帯状疱疹を患っていたようで
先日 突然 眉毛の端に現れた「赤いポッチリ」のおかげで
それが 判明。
先週の金曜の夜、寝ながら「痛い・・・」となったので
土曜に医者に行って 判った次第。

さて
おともだち
シンさん
どうか連絡して欲しい
住所を教えて欲しい・・・
私のメルアド 覚えていたら
連絡してくらはい ( ;∀;) 。゚(゚´Д`゚)゚。> <。。
こんなブログで、本当に申し訳ないです

ゆみ

2016年10月10日月曜日

生きる ということ

しみじみと考えさせられる昨今。
若い時にも悩み 考え 友と話し合い などしたけれど
その時には想像もつかない事を実体感している昨今。

辛い事が重なった母が 急にボケたようになった と妹から連絡があり
毎週日曜に実家通いをしているここ七ヶ月ばかり。
算数ドリルや国語ドリルは満点なのに
記憶力だけがあっという間に消滅して行く現状。

自分の赤ん坊のように抱き、可愛がった猫の死
引き続いて 仲の良かった従姉妹の死
そして 「姉ちゃん姉ちゃん」と 私の母を「第二の母」として愛し
慕って来た末の妹の死
これでもかと言うように続いた愛する者との永遠の別れが 
母にはどうにも堪え難かったんだろう と思う。

過日、何でも話が出来た友の突然の死に遭い
つい先日 高校時代の2人の友の死に向き合った今
その気持ち 少しは判るような気がする。

若かった頃、私をかわいがってくれた叔母が逝った時
泣きながら「人は 死に向かって生きているのだ」と痛感したし
今も それは あまり変わってない。

それでも・・・
死に向かって生きているのだ と思っても
だからこそ
一生懸命生きている人の命が とてつもなく尊く思える。
何気ない日々のあれこれを 喜び 悲しみ 愛おしむ人の存在が
何よりも尊く感じられる。

久し振りに開いた自分のブログを覗いたら
従兄のブログを見つけた。
2人目の孫を授かった という 従兄。
彼の しみじみとした どこまでも穏やかで優しい暖かな人柄を思う時
どうか この喜び 幸せが ずっとずっと続くように と 祈る。

2016年10月6日木曜日

何なんだ一体!

という気分なのだ。

やすたねさんの 突然の訃報を聞き、
今でもそれが 何かの間違いのような気がしている昨今

一昨日、高校時代の友人が
2人も亡くなった事を知った。

どうしてだ!? と 思ってしまう。
様々な事情があるから 余計に悶々としてしまう。

私だって いつどうなるか なんて
判りはしない。
だからこそ 人間は生きて行けるんだろう。
けど
やっぱり
悲しい
虚しい
怒りが沸き上がる

さっき 
目玉を開いて 久し振りにここを開いてみたら・・・
やすたねさんのブログが 眼の前に現れた。
!!!やっっぱ
元気でいたんじゃないか!? と 思ったけど・・・
四年も前のブログだった。

やすたねさん
何か 言いたい事あるなら
ここに書き込んでおくれよ
頼むよ 待ってるから。

2016年9月13日火曜日

悲しい

何ヶ月ぶりかの更新だけど
悲しい悲しい気持ちで一杯

やすたねさんが 亡くなってしまった

急性心筋梗塞 ということで
facebook に ご長男がアップしていたのを
padちゃんが見て 教えてくれた

土曜日に亡くなってしまったらしいけど
未だに納得できない。
彼の顔と声が思い出されるたびに
いや 違う違うよ と 声がする。

仕方ない 
生きるってこういう事なんだろう と頭で思っても
どうしても心が納得してない

ご冥福を祈る けどけど
納得できない 

2016年4月23日土曜日

活気の春:色んな虫の映像付き

春の庭先は 様々な命が蠢く。
慌ただしく、しかし 喜びと活気に満ちた生命の波











< ↓ 蕾を持った 白花のスモークツリー >



< ↓ 蕾を持ってない 赤花のスモークツリー >
< ↓ 柚 >



< ↓ ルコウ草 >



< ↓ どうして良いか判らなくなりつつある 庭の隅っこ ( ;∀;) >



今年は 玄関先で
キジバトが何やら落ち着かないなあ・・・と思っていたら
巣を作っていたのであった。

< ↓ 玄関脇の キンモクセイ >




< ↓ その裏側に あらら かわゆい・・・  ( ̄▽ ̄  >





彫像のように微動だにせず 卵を抱える おっかさん。
無事に生まれ、巣立って欲しい。

例の如く 最後は・・・
< ↓ 連れ合いの膝の上で 安穏と過ごす おもち σ(-''-;) >

2016年4月4日月曜日

スズメ

スズメは 他の野生動物同様、人間を恐れ
また、落ちたヒナを育てるのも難しい と聞いた事があります。

だけど彼らは、人間がいないところには いない。
山には生息していないのです。
勿論、街中にもたくさんいますけれど
今では少なくなった 里山 が、彼らの一番安住できる地形かしら? ( ^ω^) 
 なんだか、不思議な生き物だな・・・と思います。

さて

我が家の庭は、連れ合い殿が 朝 向いたリンゴの皮を
鳥が食べ易いように と、少し小さく切ってから 撒きます。
ガラス戸の向こうに 放り出す って感じなのですが。
今年 特に強い印象を持ったのが ヒヨドリ。
どうやら一羽のヒヨさんが 
リンゴの皮が撒かれた この場所を、テリトリーとして認識したらしいのです。
 




例年であれば、ヒヨとスズメが 行ったり来たりで

ガラス戸の向こうに撒かれたリンゴの皮を食べていたのですが
今年は この 一羽 乃至(ないし) 二羽のヒヨが 
縄張りを強く主張している模様なのです。

乃至 と書いたのは
二羽目が来ると、時々追い払ったりしてるから。
でも、ちょっとの間なら 二羽目が 少し離れたところで休んでいても
見て見ぬ振りをしてる という感じなのです。

猫も人も、猫は外に出られないから仕方なし ですが 
ガラス戸の内側に生息するデカい生き物達が 静かに彼らの動静を見守るだけだからか
今日は 二羽のうちの一羽が 家の中を興味津々という呈で覗き込んでおりました。

そして 最近
一週間か二週間くらい前から
その テリトリーを主張するヒヨをかわしつつ
二羽のスズメが来るようになりました。

< ↓ リンゴの皮の ほぼ真上辺りにある イチジクの枝で >

< ↓ 昨夜からの雨が降り続き、シットリしとっている庭 >


 とても かわいいです。
ちいちゃくって 丸まっちくて
チュンチュン 二羽で歩きながら ついばみます。
この二羽、とても仲良しなんだ。
見ていて、本当に 気持ちが温かく 柔らかくなるんだ。





 < ↓ そんな彼らを ガラス戸越に 腰を低くして見つめ続ける おもち >